2020年5月18日

近年のテクノロジーの発展に伴い、人や企業の多くの活動がデジタル化された。また、取得可能なデータが増え、活用機会が拡大したことに伴い、それを有効活用するための機械学習やディープラーニングに代表されるAI技術が注目された。NLP(自然言語処理)、画像認識、音声認識、機械翻訳、行動分析、需要予測、様々な機能が従来にない精度で実現され、AIは今や医療から交通、電力供給まで生活のあらゆる面に関わる形で幅広く使われている。マーケティングの領域も例外ではない。昨今の製造・販売のモデルは、オムニチャネル化とともに多くの部分においてデジタル化され、その中でAIマーケティングが大きな役割を果たしてきた。

新型コロナウイルスのパンデミックは、大きな試練を私たちにもたらしている。様々なビジネスにプロセスの見直しを促し、更なるデジタルシフトを迫っている。その中で、AIマーケティングもますます求められるようになる。AIによるマーケティングがなぜ必要なのか。その答えは、消費者の「個別化」にある。「個別化」とは、消費者が今までの制約から個として解放され、自分自身の考え、嗜好や生き方に一人ひとり自覚的になる現象である。テクノロジーの進化および、ネットワークの発展が極限まで推し進められてしまったがゆえに起きているといえる。

消費者が「個別化」した時代

消費者のニーズはライフスタイルの変遷により何十年にも渡って長くその広がりを見せてきた。そして近年、その多様化が加速度的に進んだ。過去20年の着実なインターネットの発展により、人々は様々な情報サービスにアクセスすることが可能となり、自分のニーズにあった商品やサービスを見つけることが容易になってきた。更には、スマートフォン等の携帯端末の普及でいつでもどこでも、時間も場所も問わずにアクセスが可能になってきている。

例えば、このような経験をしたことはないだろうか。
自宅でくつろぎながら、スマートフォンで普段どおりにSNSにアクセスしていると、ある日、カッコいいバッグの広告を見つける。その広告はクリックしなかったが、もうちょっと洗練されたものなら買うかもしれないと考えて、キーワードをいくつか検索エンジンに入れてバッグを検索してみる。すると、ちょうど好みにあった商品を見つけることができた。
リンクをクリックしてみると、いわゆるD2Cモデルでバッグや小物を販売しているサイトであることがわかる。日本語の説明もシンプルで分かりやすく、バッグもおしゃれなつくりで、自分のスタイルにマッチしている。
送料無料でもあったことも後押しして直ぐにその商品を購入する。後から調べるとそのバッグは、スイスの小さな職人工房で作られていたものであった.恐らくその職人たちは誰も日本語を解さないであろうと思われるが、今は多国語対応する EC サービスを用いて日本語での商品説明をすることも容易である。そして数日後に商品が届く。見てみると商品はスイスからではなく、シンガポールの倉庫から送られていた。そのような配送サービスによってまるで国内の店舗から商品を購入したように送料無料が実現されている。

この一連の購買体験は、消費者にとっては日本国内のECサイトから購入したことと何ら変わらないので、ほとんど意識されない。しかし、日本国内の多くの売り手の目線から眺めると、それまで購入してくれた顧客が、突然目の前から消えてしまったかのように感じられる。
昔は、そもそも消費者が自身の足を運べる時間に開いている店で、そこで取り扱っている品目の中から、更には実際に在庫が置かれている商品しかチェックし購入することができなかった。そのような地理的・空間的・時間的習慣や制約が存在し、自分自身のニーズや嗜好をその枠組みの中に押し込んで、ある種の型にはめなければならなかった。
しかし、今や人々は自宅にいながら、自分のニーズを空間や時間の制約に合わせて歪めるのではなく、スマートフォンによっていつでもどこでも好みにあったものをインターネット上のサービスから見つけ、アクセスし手に入れるようになっている。例え多言語対応をされていないECサイトであっても、ブラウザに備わっているAIによる機械翻訳の機能で意識することなく情報を吟味して購入を行うことができる。知らずしらずのうちに、消費者は自分の考えやニーズにあったものとダイレクトにつながるのが当たり前になってきている。このような変化の中、従来の売り手側から眺めると、消費者の姿は多様化という使い古された表現も超えた、まるで個別化とも呼べる様相を呈している。これが今の消費者の姿である。現代では、消費者一人ひとりの本質的なニーズに寄り添い、それを理解し、その上で商品の製造、販売を行っていくことがとても大切になる。このような状況においてAIマーケティングが極めて重要になってくる。

デジタル化された製造・販売では、AIマーケティングがコアに

従来の製造・販売と比べて、最新の製造・販売のモデルはデジタル化され、その中でAIマーケティングがコアとして機能している。その根本的な特徴は、オムニチャネル化で顧客との接点を増やしながらも、ブランディングから顧客への情報発信、広告、購入、アフターサービスという一連のプロセスのいたるところでAIを活用していく点である。DMPやBI基盤を用いながら、顧客との多様なデータを深く分析して商品企画や販売企画を立案し、広告配信エンジンやMAツールの利用でターゲットとなる消費者・潜在顧客にリーチしたり、またアプリの通知やサイトの検索システム、レコメンデーションやナビゲーションの強化で適切に誘導し、チャットボット及びカスタマーサポートのフォローで、疑問点の解消、よりよい情報提供を実現し、商品を購入してもらう。後日のメールや次回サイト訪問時におけるアフターフォローも忘れない。この全てのポイントにおいて様々なAI技術が活用できる。

それによる大きなメリットは、消費者とのタッチポイントが多く作られ、消費者のレスポンスをデータとして受け取り、その声・フィードバックも聞く機会を直接得られる点にある。つまり、顧客となる人がどのような人なのか知ることができるということになる。企業が自分たちのビジョン、ブランド、ストーリー、商品と製造の持つ背景を人々に知ってもらいつつ、それらがどのような消費者に受け入れてもらえるのか、向き合うべきマーケットは今後どのような姿をしていくのかを知ることで、厳しい状況の中でも収益を目指す改善を行うことができる。

また、デジタル化され、AIによって高度化されたプロセスと得られるデータに基づくことで、より高度なマーケティング活動への展開も期待できる。例えば、急激に変わるマーケットへの理解を深めることでブランドロイヤリティを強化するメッセージ・クリエイティブを作成し展開する。ロイヤリティの高いファンである顧客のエンゲージメントを高める情報や価値を提供してキャンペーンを行い、そのコミュニティ形成も狙うことができる。何度もリピートをしてくれたファンである顧客やあるいはリピート顧客になりうる消費者を、その考えにマッチした企画ページやチャネル、オンラインイベントに招待し、一人ひとりにパーソナライズされたサービスを狙い、サポートを行い、時には顧客同士のつながる場をオンラインでも提供し、強いリレーションを構築する。

今後の新商品開発においても、AIマーケティングは重要である。顧客の検索・アクセスログから顧客の問題意識や嗜好を吸収し、レビュー情報から顧客がもつ着眼点を把握し、時にはカスタマイズされたサーベイを送ったり、チャットボットを能動的に用いて直接的な対話を試みる。場合によってはオンラインでのイベントやワークショップを組み合わせることもできる。NLP(自然言語処理技術)を用いてロイヤリティの強い顧客の本質的ニーズを発掘したり、強化学習のフレームワークを用いたA/Bテストで企業姿勢を伝えるマーケティングメッセージの迅速なテストや紹介を行ったりし、また消費者が参加する問題解決型の商品開発を試みる等、今後の方向性を考える上での示唆を得る手段とすることもできる。

従来の製造・販売モデルの中でチャネルを管理し、マーケティングし、販売を行っていくやり方はコストがかさみ利益率は低く、またブランドと製造・販売をまとめてコントロールするのが難しいという状況があった。また、新型コロナウイルス感染の拡大により、そもそもこれまでのモデルの再考を求められている。デジタル化されたプロセスの中でAI技術をコアと位置づけて活用し、それによるマーケティングを通し、消費者の問題意識やニーズを的確に掴み続けることで自社ブランドの可能性を探り、顧客ロイヤリティとエンゲージメントも高めることで危機にも対応できるコスト構造やコントロールをも得ることができる。何に増してニーズを掴むことは鍵となる。

AIで隠れたニーズを分析し、迅速なアクションをとる

AI技術を駆使することで従来では発見することのできなかった隠れたニーズを分析することも可能だ。例えば、あるファッションブランドのECサイトで、今までにないニーズを抽出することで新しいマーケティング、商品企画を成功させた事例を紹介したい。

そのファッションブランドのECサイトにおいては他の多くのECサイトと同じように、日々ユーザーはファッション情報をチェックしたり、新商品をチェックしていたりする。しかしそのようなユーザーの中にはもちろん商品を購買しない人たちもいる。例えば、新しいキャンペーンの情報や流行りの商品のページをいくつも閲覧したり、商品検索でいくつかキーワードを入れて何か探しものをして、相応の時間サイトには滞在をしているけれど、最終的に商品の購買には至らなかったというパターンである。そのようなドロップしていくユーザーがそのECサイトには少なくなかった。

ユーザーが何かを探しているけれど購買には至らなかった、ということは、そこにはニーズが埋まっているということが想像できる。更にいうとそのニーズは、自分たちのサイトや商品に何が足りてないのか、今は、そして、今後はどうしていくべきなのかのヒントであると捉えることもできる。そこで、このECサイトのマーケティングチームでは、そのニーズを明らかにすべきと考え、ユーザーへのヒアリングを実施した。ヒアリングで得られたユーザーのサイトへの印象から、どうやら今までとは異なるファッションスタイルが求められており、それが提供できていないのではないかという感触を持ったマーケティングチームは、更にAIを使った分析を行うことにもトライした。AI技術の中でもNLP(自然言語処理技術)のトピックモデルと行動分析のソリューションを組み合わせて、ユーザーの閲覧履歴や検索履歴から、購買に至っていないユーザーがどのようなファッションスタイルの情報や商品を求めているのかという隠れたニーズを抽出。数十種類の今までにないスタイルの嗜好が確認され、その分析結果に基づいたページ構成やファッション情報、商品企画の提供へとサイトを更新したところ、そのファッションブランドのEC売上が大きく伸長した。

実際の購買履歴データに基づいてマーケティングを行うことはよくあることだが、購買に至っていないデータを活用するということはあまり行われていない。しかし、AI技術を組み合わせて用いることで、このように潜在的なニーズを抽出し、マーケティングや商品そのものを常に消費者の考えや嗜好の変化にあわせる形で更新させていくことができる。これは従来のやり方とは異なるパワフルかつロバストなアプローチであり、迅速な対応を可能とするビジネスへと進化していくことが期待できる。

人とAIのコラボレーションがマーケットの未来を作る

これまで、AIの適用分野は、消費者に商品やサービスを提供するB2C領域だけでなく、B2B領域においても大きく広がってきた。そのトレンドとして、例えば、HRテック、リーガルテック、不動産テック等の呼称が用いられるように、産業やドメインを特定した垂直型SaaSという形式でAIが活用されている。
このような業界や分野でターゲットを絞ったAIソリューションを提供している企業の中には、AIという自動化されているようなイメージに反して、多くの経験豊富なセールスパーソンやコンサルタントの部隊を抱え、あるいはそれらの役割を持つパートナー企業と提携して、ビジネスを行っているところも少なくない。セールスパーソンやコンサルタントが、業界のリーダーとなる顧客企業の本当のニーズや課題を、顧客と議論をして掘り下げ、PoCを行い実際に取り組む価値のあるテーマとして確認し、それをAIのプラットフォームにいち早く実装し、他の多くの既存の顧客企業や潜在的な顧客企業に向けてスケールさせて提供していく。そのような未来志向的な展開の仕方が、B2B領域でのある種の勝ちパターンとなっているのだ。このアプローチは、コミュニケーションが更にオンライン化、デジタル化していく今後においても重要なウェイトを占め続けると思われる。

ここで重要なのは、業界の本質的なニーズや解くべき本当の課題を、人と人が対話し掘り下げていくことで明らかにし、それをAIにのせて活用していくという構造である。つまり、人によるニーズの掘り下げとAIによる活用というコラボレーションが実現していると見ることができる。
同じことがB2C領域においても言える。実は、デジタル化された現代の製造・販売のモデルにおいても、直接ロイヤリティの高い顧客とのやり取りをすることや、顧客となってない消費者の活動を掘り下げることで、新しいニーズへと迫っていき、そしてそれをAIによって反映してインターネットのスケールで従来の販売チャネルのあり様とは違うレバレッジされた展開を行っていくというやり方がありうる。前述したファッションECサイトの例もこの形の実践と言える。

発展著しいAIの普及に伴い、AIによって雇用が簒奪されてしまうのではないかという脅威論が語られることも少なくない。それは、AIが、その高い精度やこなすことのできる処理スケールによって人間がやっている様々な仕事のプロセスを省人化・自動化してしまい、その仕事を奪って人間に置き換わってしまうのではないかという予感に基づいている。しかし、実際には、AIは未知のものに対処することはできない。あくまでも既存のルールや考え方、また、データ存在するものにしかその効果を発揮することができない。今起きている変化と対峙し、将来どのような方向に進むべきかについては、人が顧客のニーズに寄り添い、それを掘り下げていくことによってはじめて明らかにすることができる。それは、B2C領域でもB2B領域でも同じである。つまり、人が新しい課題や可能性を探索していき、そこから未来へと進む道を見出して、それをもってAIの適用・開発を導いていくということである。人がAIにリーダーシップを発揮しつつ、それぞれの特性をいかしてコラボレーションを行なっているというあり方こそが大事なのである。

AIによるマーケティングは、単なるマーケティングの効率化や、自動化、あるいは規模の拡大という考え方でとらえるべきものではない。それは、消費者一人ひとりのニーズに寄り添っていき、向き合い、対話し、一緒に新しい社会を作っていこうという試みにつながっていく。ある意味、あくなき人による探索と進化著しいAIのパワーを共に活用することで、今後のあるべきマーケットを作りだしていく挑戦と言える。人がリーダーシップを発揮し、人とAIが大きな意味でコラボレーションを実現していくという構造を持つこのアプローチは、新型コロナウイルスを体験した社会にとって今後数年に渡って重要な潮流になる。ますます進む消費者の個別化により何が企業に求められているのか見えにくい今にあって、人とAIによる新しい世界へのマーケティングは、数少ない希望としてとらえることができるだろう。

プロフェッショナル

森 正弥/Masaya Mori

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。CDO直下の1200人規模 ...さらに見る

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