2021年の初夏、甲子園を目前に控えた島根県隠岐郡の野球部員に向けて、VR (仮想現実)を活用した元プロ野球選手たちによる遠隔指導教室が実施された。離島にいながら多様かつプロフェッショナルな指導を子どもたちに届けることはできないか――Deloitte Digitalで「地方創生×スポーツ」に取り組むメンバーが問うてきたことだ。

Deloitte Digitalは、ここ数年にわたり隠岐四島のひとつである海士町役場に対して離島ならではのデジタルトランスフォーメーション支援を提供し、この縁をきっかけに、海士町を中心に近隣の隠岐四島とも協力を仰ぎながら、スポーツ交流イベントを実施している。試験的ではあるものの、それをさらに進化させる形で実現したのが、今回ご報告させていただく「VRを活用した遠隔野球指導教室」の取り組みである。

新型コロナウイルスの全国的な感染拡大の影響により移動制限がかかる中、VR装置の設定からデータの回収、分析まで隠岐郡の役場職員や野球部の監督たちと連携して取り組むことで、約15名の野球部員に対して遠隔指導をすることを実現した。

さまざまな立場の大人たちが力を合わせ、デジタルを活用した「地方創生×スポーツ」に取り組む背景を、島根県隠岐郡海士町の役場に勤める久保英士氏と、取り組みをリードするDeloitte Digitalの青木健泰、そして元プロ野球選手の顔を持つDeloitte Digitalメンバーの久古健太郎が語った。

2021年11月4日

デジタルを活用し、離島の課題解決へ

——Deloitte Digitalはこれまでも海士町を中心に隠岐諸島と活動させていただいていますが(「離島を取り巻くデジタルとリアル」)、改めて隠岐諸島と地域が抱える課題について教えていただけますか?

久保 島根県隠岐群の隠岐諸島4町村(隠岐の島町、西ノ島町、海士町、知夫村)は、本土から60kmほどの場所にある自治体です。ユネスコ・ジオパークにも認定された雄大な自然が魅力で、文化や助け合いを優先した持続可能な社会作りに取り組んでいます。

この島は本土から高速船で1時間ほど離れた離島であるため、人材確保が難しいという課題を抱えています。スポーツクラブや部活などで優れた指導者からの指導を受けられる機会が限られるため、優秀な学生たちは、指導者を求めて親と一緒に地元を離れてしまうことがあります。これが、人口流出の一因になっていました。

久古 私も長い期間野球に携わっていますが、野球留学による地方の野球人口減少問題は肌感覚として持っています。

久保 また、そもそもの人口が少ないため、選手の確保も大きな課題になっています。たとえば、ラグビー部は大人数でプレイするスポーツですので、隠岐諸島の学校に通う学生だけでは試合ができません。一方、少人数で試合が成立するバスケットのようなスポーツは人気です。そのような中、野球部はギリギリ踏みとどまっているというのが実状です。

久保英士氏 / 海士町役場グローカルコーディネーター
久保英士氏 / Mr. Eiji Kubo
海士町役場グローカルコーディネーター
独立行政法人国際協力機構(JICA)職員として在イスラエル日本大使館出向、産業開発部、パレスチナ事務所、民間連携事業部参事役等を経て、2021年4月より海士町役場に出向。島根県立大学客員教授。中小企業診断士。


——離島ならではの課題が多いということがうかがえますが、そもそも隠岐のみなさんはデジタルをどのように捉えているのでしょうか?

青木 離島で暮らす方の生活には、皆さんがイメージする以上にデジタル化が進んでいる印象をもっています。例えばECサイトの利用でいえば、都市部のように少し歩けばコンビニやスーパー、量販店がある状況ではないからこそ、必要なものが数日で手に入るECサービスの提供価値が高くなり、結果としてその依存度が高くなっていると考えられます。

久保 デジタルは業務にも浸透しています。たとえば海士町役場ではデジタルトランスフォーメーションを推進しており、役場や学習センターなどをネットワークで接続し、それぞれの様子を大きな液晶モニターに映し出しています。物理的な距離はあるのですが、まるで同じ空間にいるような状況でコミュニケーションできています。そういった点では、デジタルは確かに浸透していると感じますね。

——そうした中、隠岐高校野球部でVRを活用した野球指導教室が開催されました。教室はどのように実施されたのでしょうか?

青木 今回の取り組みでは、パートナー企業であるNTTデータに協力をいただき、「VR野球シミュレーションシステム」を使わせていただきました。新型コロナウイルスの影響もあり、東京のメンバーは弊社を含めて誰ひとり隠岐に行くことができませんでした。久保さんをはじめ役場の方々、野球部の監督など現地のみなさんが自ら、測定器の設定、データ取得、当日のオンラインミーティングの設定などを担ってくださいました。

具体的には、隠岐高校の野球部員がVRゴーグルを付け、プロレベルの球種/球速含めた投球で打撃練習をします。VR内で投球するのはプロ野球選手と同等レベルなので、攻略が難しい部分もありますが、選手にとっては普通では味わうことのできない貴重な経験になりますし、高い精度で同じコースに投げてもらうことができるため、苦手な球種に対して繰り返し練習できるといった利点もあります。さらに、打撃練習のデータはすぐに分析されグラフとして表示されます。そこで選手たちのタイミングの取り方、ミートのポイントに関する、選手一人ひとりの癖や得手・不得手が把握できるようになっています。久古さんたちは、このデータを使って遠隔指導をしました。

青木健泰/デロイト トーマツ コンサルティング/ Deloitte Digital
青木健泰 / Takahiro Aoki
デロイト トーマツ コンサルティング / Deloitte Digital ディレクター
カスタマー&マーケティング領域においてデジタルエクスペリエンス設計、顧客データ分析&活用など、顧客接点のデジタルトランスフォーメーションの支援に従事。対象はBtoC企業・BtoB企業問わず幅広くカバーし、加えて官公庁への地域データ活用支援の経験から、地方自治体に対する地域データの基盤整備とその活用を提唱・支援。


久保 野球部員たちは、すぐにVRを使って打撃練習をしていました。ゲーム感覚なのか、すぐにゴーグルに慣れていたようでしたね。

遠隔指導については、元プロ野球選手を前に緊張した様子でしたが、最後は非常にリラックスしていました。このときのデータは、練習の振り返りにも活用しています。こういった動きは、こちらから指導したわけではありません。自分たちで考えて動いていたのが、とても印象的でした。

久古 今回は試験的な意味合いが強いため、取得できるデータが限られていました。プレイヤーは、次にどんなボールが来るのか分かっているため、タイミングを合わせてしまうこともありました。

そういった前提はあるものの、打撃練習のデータを見ると部員それぞれの課題が明らかに「見える」ようになり、各選手に必要なアドバイスができてよかったと思いました。

久古健太郎 / デロイト トーマツ コンサルティング 遠隔で指導する久古(写真上左から2番目)と元ヤクルトスワローズで甲子園優勝の経験を持つ鵜久森淳志さん(写真上右から2番目)


可視化によって生まれるコミュニケーション

——部員の課題が「見える化」できたことで、どのような効果がありましたか?

久古 私が現役だった時も、デジタルを活用してさまざまなことを「見える化」していました。たとえば、センサーを内蔵したボールを使って、回転数や軸などを細かく調整したり、バッターの傾向をデータで把握し、どういったコースで投げると打ち取れる可能性が上がるのかといった戦略を立てたりする際に活用していました。データを活用することで、たくさんの効果を上げることができます。特に今回の取り組みでは、野球部員のそれぞれの課題が明確になり、その解決に効果がありました。

また、データがあることで、監督と部員とのコミュニケーションが取りやすくなったという一面もありました。これまでのスポーツ指導はデータに基づいていないことが多く、監督の感覚に頼る部分が少なからずありました。

たとえば、監督がある選手の「スイングが遅い」と感じ、スイングを速くする指導をしていたとしましょう。しかしデータを取ってみると、実はスイングが遅いのではなく、振り出しが遅いのだということがわかります。とすると、結果に結びつく指導をするには、振り出しを早くする練習を考える必要があります。

このように、「データ」を使うことで指導する側の感覚や思い違いなどを排除でき、エビデンスに基づいて指導できるようになります。また、選手も監督も課題を共有できるようになり、その結果として、選手と監督とのコミュニケーションが円滑になるのです。

青木 今回の取り組みで、デジタル活用によるスイングの可視化とそのデータを元にした遠隔での指導によって、野球指導精度の向上といった実質的な効果が、高校野球においても有効であることが分かりました。私たちDeloitte Digitalが様々なクライアント企業で実践しているデジタルソリューションやデータを用いて状況を可視化の上、課題を明確にし、段階的に解消していくといったプロセスは、今回の取り組みでも有効に機能していたように感じています。

それと同時にデータを媒介としたコミュニケーションがもたらす「指導内容やアドバイスに対する納得感」、更にはそこから「指導する側とされる側の相互理解の早期化」による関係性強化、といった”デジタルがもたらすアナログな価値”の発見があったのは大きな収穫です。

——監督から、「選手たちが粘り強くなった」という感想をいただいています。夏の甲子園の予選大会では、残念ながら2回戦で敗退してしまったとのことですが、遠隔指導の効果は現れているようですね。

久古 とても嬉しいですね。今回の取り組みを通じ、苦手な球種にもチャレンジして課題を解決していくといった姿勢ができてきたのかもしれません。

青木 質疑応答では「ピンチになると萎縮することがありますが、どうすればいいでしょう」といった質問もありました。こういった精神論のような質問に対しても、二人の元プロ野球選手はそこから改めてその選手のスイングデータを見て特性をイメージしたうえで、普段の練習で意識していることなどの質問を重ねることにより、選手一人一人に合ったアドバイスをしていました。それゆえに、アドバイスは当然質の高いものになったことが考えられます。

久古 メンタルの強さや弱さは、その人が元々持っている素養のように語られるケースが多いですが、私はそう考えていません。これまでの経験から、メンタル面の課題の多くは「コントロールできていない」ために起きると考えています。つまり、考え方次第で変えることができるのです。

コミュニケーションも、メンタルの強化を助けます。たとえば、調子が悪いときは何から手を付けていいのか分かりませんが、データがあれば、そのデータを分析して今すべきことが分かります。そういった姿勢が実際の試合でもいい影響を及ぼすようになります。

久古健太郎 / デロイト トーマツ コンサルティング / Deloitte Digital
久古健太郎 / Kentaro Kyuko
デロイト トーマツ コンサルティング / Deloitte Digital スポーツビジネススペシャリスト
東京ヤクルトスワローズで8年間投手としてプレイ。2019年2月より現職。官公庁との支援事業やCRMシステム導入PJに従事するほか、VR技術を活用した野球指導など『デジタル×スポーツ』をテーマとした活動を推進。また、デジタルを活用したキャリア開発として2021年3月Salesforce認定アドミニストレータ―を取得。

ビジネスにも不可欠なデータリテラシーの育成

——今回の取り組みは1回限りの実施だったということですが、今後はどのような計画があるのでしょうか?

久古 次回は3ヶ月間という長い期間の遠隔指導を計画しています。1回のデータ取得と指導ではなく、定期的にデータを取って個々の選手の変化などに応じた指導をしたいと考えています。より実践で活かせるような練習に落とし込んでいきたいですね。

また、どういったコンテンツを用意すればいいのか、どんなデータを取るとより効果的なのかといった指針を作っていく必要もあると思います。

必要なポイントでデータを取り、選手それぞれの課題を把握し必要な練習を行う。そして、改善したかどうかをモニタリングしていくといったサイクルを回していく必要はあります。こうすることで選手たちは確実に成長し、それを実感できるはず。そういった中で、デジタルがどれくらい寄与するのかといったチャレンジをしていきたいですね。

選手がこういったツールを使うことで、「こういったデータが取れるんじゃないかとか、デジタルを使い倒すサイクルに持っていきたいですね。

久保 一人ひとりの自主性を育てることにも有効ではないかと思っています。今回の取り組みで、選手も監督もデータの面白さを実感したと聞いていますので、どのようなデータを集め、使っていきたいのか、選手たち自身がアイデアを出していくことも良いのではないでしょうか。監督からも、データを活かした練習をしていきたいと伺っています。

青木 データの取り方が大切になってくると思います。監督や選手の意見を聞きながら、我々としてもしっかりと取り組んでいきたい。こういったデータを取ることで、データリテラシーが身につくというメリットもあります。選手自身が必要なデータについて考えたり、そのデータを使ってフィードバックしたりできる環境を作っていきたいですね。

久古 そういった環境が整えば、選手が主体的に動けるようになり、試合での状況判断も大きく変わっていくはず。今回の取り組みでは、そういった部分も学んでもらいたいですね。

青木 ビジネスの世界では当たり前となっている高度なデータリテラシー育成の考え方は、スポーツの世界などにも応用できる重要なノウハウだと考えています。ビジネスの世界で得たノウハウを別の形に還元していくといった考え方は、私たちDeloitte Digitalがテクノロジーを使った野球指導を行っている一つの理由になっています。

行動をデータで可視化し、課題の発見から成長(解決)を促し、目的達成の支援をする、しかもそれをリモートで実施する。こういったビジネスで得た知見をスポーツや教育、社会課題解決に転用し還元していくといった観点からも、今回の取り組みの意義は大きいと感じています。

久古 今回の取り組みではデータ活用がメインになっていますが、今後は野球人口の減少や野球留学といった問題に一石を投じていきたいですね。「どこにいても野球ができる」といった環境を作っていけると嬉しいですね。

久保 今回、VRをつかった遠隔指導を行っていただきました。今回の取り組みで、野球少年たちが地元でも夢を追い続けることができるようになる可能性が広がりました。また、実際にいい循環もできています。隠岐高校の場合、練習試合に行くだけでも片道3時間かかります。船は欠航も多く、思うように練習ができませんでした。しかし、こういったツールがあれば、天候や環境に左右されず練習できます。

青木 現在、プロ野球選手の投球データしかありませんが、実際の高校生のデータを使うことでより実践的な練習も可能になると思っています。まだまだ可能性は広がっていくでしょう。

さらには今回のようなワンタイムでの野球指導の次のステップとして、データにより特定した選手一人一人の課題に対し、デジタルとリアルを融合した形での課題克服練習プログラム、そして数か月以上の期間での継続的な定点モニタリングといった、いわゆるPDCAサイクルを回すことにチャレンジしたいと考えております。デジタルの力を信じ、隠岐高校野球部の皆さんの技術向上や意識の変化など、引き続きご支援していきたいと思っております。

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プロフェッショナル

青木健泰

青木健泰

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター

カスタマー&マーケティング領域のおいてデジタルエクスペリエンス設計、顧客データ分析&活用など、顧客接点のデジタルトランスフォーメーションの支援に従事。対象はBtoC企業・BtoB企業問わず幅広くカバーし、加えて官公庁への地域データ活用支援の経験から、地方自治体に対する地域データの基盤整備とその活用を提唱・支援

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