――「元なでしこジャパンの永里優季、男子リーグに移籍」「前代未聞の挑戦」
昨年の秋、国内外に驚きを与えた元サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」のFW永里優季さんの挑戦。この異例の期限付き移籍に限らず、米女子プロサッカーリーグのレーシング・ルイビルFCで主力選手として活躍を続ける一方、バンドのドラマーやアーティストしての活躍の場を広げるなど、その発想力と実行力には常に驚きと賛辞の声が集まる。

活動テーマのひとつとして「キャリア支援」を掲げるDeloitte Digitalは、ユニークなキャリアを築く永里氏の思考を探るべく、元プロ野球選手でコンサルタントに転身したDeloitte Digitalのスペシャリストの久古健太郎とのオンライン対談を企画。

スポーツの世界で類稀なる経験を積んできたふたりの対談からは、開拓者の意外な思考が見えてきた。

2021年6月10日

越境の先にある、新しい世界と視点

久古 今日はお時間をいただきまして、どうもありがとうございます。さっそくですが、新しい挑戦を続ける永里さんは、どのような思いで決断や選択をしているのでしょうか?

永里 今までいくつかのチームで経験をしていますが、その時々で決断の仕方は変わっています。初めて海外移籍した時は、海外に行って自分のレベルを上げて日本代表チームに還元したいという思いでした。

しかし、キャリアを積み重ねて結果も伴うようになると、それ以上に強いチームがないという状況になりました。そこからどのようにキャリアを選択していけばよいかと考えたときに、0からチームを作り上げるクラブであったり、今まで自分が勝ちを求められ続けるチームにいたので、経験したことのない立場を経験できるクラブを選択したりするようになりました。

それから、国やリーグなど様々な境を超える中で、「新しい視点で物事を考えられるようになりたい」という思いが決断の軸になり、常に新しい立場を経験できる環境を求めてきました。

小さい頃から人と比較されるのが嫌いで、人と違うことや人がしてきていないことをやりたいと考えていたんです。そういう思いだけでチャレンジしてきているので、自分の中では挑戦しているとは思っていないんですよね。新しいところに踏み込んでいくことが楽しいという理由だけで決断しているところもあります。

久古 私も野球界とビジネスの世界を経験することで色々な発見がありました。ビジネスの世界を経験しているからこそ野球界との比較ができますし、客観的に自分がいた世界を見ることができています。そういう意味では、永里選手は数々の国やクラブを経験されているので色々な比較が出来ますし、どんどん視野が広がっていっているのだと思います。

永里 そうですね。サッカー選手として最初の10年くらいは2チームしか経験していなかったこともあり、物事を測る尺度が限られていたと思います。

でも、違う環境に踏み入れるごとに、一つの物事を多様な角度から見られるようになりましたし、色々な情報から本質的な分析ができる力が身についていきました。例えば、マネジメントの視点から物事を考えられるようになりましたね。

それから、選手としてキャリアを重ねるにつれてベテラン選手として扱われるようになり、組織や成果を見られるようになりました。ここ10年は大きな経験が出来ていて、それはパフォーマンスにもよい影響を与えていると思います。

久古 バンドやアートの活動も、視野を広げようと思ってはじめたのでしょうか。

永里 5年ほど前までは本業のサッカーばかりをしていましたが、少しずつサッカー以外のことにも目を向けるようになりました。「サッカーだけが人生じゃない」と意識的に自分自身に刷り込みをして、サッカーに集中しなければいけないという概念に縛られている感覚を少しずつ紐解いていきました。そして、サッカー以外のところに足を運ぶことを繰り返した結果、新しい活動に出会えたり、それを受け入れられたりするようになったんです。

それから、アートは感性が磨かれていくのでサッカーでのクリエイティビティに繋がっていますし、絵を描くという細かい作業をすることで丁寧さが身に付き、サッカーにおいても丁寧にプレーをするようになりました。

ドラムでは普段使わない筋肉を使うため足が速くなりましたし、コンディショニング能力が向上したと思いますし、サッカーにも良い影響を与えているのかなと感じています。

純粋に描くことが楽しくなっていったんですよね。絵は見る人によって価値が変わっていくものです。そこで上手い下手を見出すのではなく、自分の感性をアウトプットすることだけに集中できるので、人から評価をされていない自分と向き合えるのが心地いいんです。

どうしてもサッカーだと数字で評価されるので、それだけではいけないと思ったんですね。昔はそこに縛られる生き方をして苦しんだんですが、解放された今はすごく楽になりました。

数字と目標至上主義との決別

久古 一方で、数字の世界は存在し続けます。僕は今コンサルタントとして数字とも向き合っていますが、永里さんは今、数字とどのように向き合っているんでしょうか?

永里 FWというポジションにいる限り数字は求めないといけないので、意識はしています。ただ、数字を捉えるときは、できるだけ長いスパンで今の数字を見るようにしています。

例えば、今数字が出ていない時には、数年、数十年というスパンで見たときも出ていない数字なのか、と見ます。つまり、過去や未来に視点を置いた時に、どのような意味がある数字なのかを考えるということです。

久古 やはり良い選手ほど、数字と内容の切り分けや整理ができていますよね。永里選手のように今の数字ではなく、結果を出すべきスパンを考えることで内容もしっかり見ることが出来るんですね。

永里 そうじゃないと自己肯定感がどんどん下がってしまいますよね(笑)

久古 目標から逆算して行動をする方法でキャリアを築く選手が多いと思うのですが、永里選手の場合はその瞬間の経験を積み上げていきながら前進しています。それは、あえて目標を持たないようにしているのか、本当は目標を持っているけど口外しないようにしているのかでいうと、どちらなのでしょうか。

永里 昔は目標至上主義みたいなものがあって、目標を立ててそこに向かっていくことを繰り返していました。立てた目標は早い段階で達成できたのですが、その後の人生では目標もより高くなり、達成できないことも増えてくるようになったことがきっかけで、目標をもつことをやめてみました。

数字的な目標であったり、結果的な目標を持ったりすることをやめたのは、アメリカに来てからです。目的重視の考え方や生き方を変えた瞬間、気持ちがすごく楽になってパフォーマンスがぐっと上がりましたね。

なので、今は目標を持っていないし、いつ引退するかもはっきりとは決めていないです。今後この世界でどうなるのかも分からない状況ですが、今自分が興味を持っていることに対して全力で取り組んでいった先にどんな道が開けているのかという期待感で動いています。

久古 確かに、僕も目標に縛られて達成できない自分に自己嫌悪になるなど、自分で自分を苦しめているところがあるかもしれません。目標を持つことをやめる。この言葉で救われる方がいると思います(笑)

デジタルは活かす意識を持つことが重要

久古 永里さんはこの春、公式アプリ「LIFE IS ART」をリリースされました。SNSなどの活用も積極的にされていますが、デジタルをどう捉えていますか?

永里 ファンアプリを始める前にオンラインサロンをやっていたのですが、クローズドなコミュニティだったので安心感を持ってやっていて、ソーシャルメディアでは言えないことも発信していました。コアなファンとのコミュニケーションがとりやすかったですし、そこで本当の自分を理解していただく機会を作れていたので、デジタルの力を感じています。

ただ、TwitterやInstagramなどでの発信は言葉を選ばなければいけないですし、どうしても一定の知名度がある人は批判されたり叩かれたりする対象になりやすいですよね。私も叩かれることには慣れているのですが、自分のメンタルヘルスを保つためにも、オープンな場所とクローズドな場所で発信する内容や言葉には、ものすごく気をつけるようにしています。

久古 デジタルの力を体感しながらも、課題も感じているのですね。

永里 私はYouTubeもやっていますが、どのデジタルツールも自分を表現する手段の1つでしかないと思っていますし、「発信したい」よりも「表現したい」という気持ちの方が強くあります。社会問題に関する発信をしなければいけない時もあるし、自分の個性をただ表現したい時もある。そうした時にどのデジタルツールが一番ふさわしい場なのかということは意識していますね。

久古 SNSの使い分けは重要ですよね。いつごろから意識されたのでしょうか?

永里 ツールが増えていくごとにですかね。15年前のブログから始まり、InstagramやTwitter、YouTubeなど、デジタルが進化する中で新しい媒体がどんどん出てきました。どういう投稿や発信がツールごとのコミュニティに求められているのかを使いながら感じ取り、ファンに喜んでもらえる発信を今も学んでいます。

久古 ここまで話を伺っていると、とても広い視野を持ちながら自分の人生を長い目で捉えられていて、サッカーも人生の一部として考えられている印象を受けました。そうした中で、サッカーを終えた後のことも考えているのでしょうか?

永里 今は何をやりたいのかよりも、どんなライフスタイルを自分が送りたいのかを考えるようにしています。

私の場合はプロサッカー選手として生きてきて、時間に縛られないことが多かったので、時間に縛られながらやる仕事は難しいのかなと思っています。自由にスケジュールを決められる生き方をしたいですね。今はそのライフスタイルを実現するために必要なスキルを身に付けていこうと思っています。

引退後については、2~3年前ごろから考えるようになりました。いつ引退するか分からない仕事ですし、引退を考える年齢にも差し掛かってきていますので、いつ辞めてもいい準備を今のうちにしていこうと考えています

久古 永里選手の話を伺っていると、いつ引退したのか分からないくらい自然に次のキャリアに移行されていそうな気がします(笑)

永里 本当にそうなんですよ。引退するタイミングも悩んでいますね。どんどんサッカーが楽しくなってパフォーマンスも上がっているんですが、このままだとサッカー以外のことに費やす時間が少なくなっていくので、バランスが難しくなっています。

サッカーは今しかできないのでこのまま続けても良いんですけど、生き方を変えたいなとも考えていますね。

インタビュー後記(久古健太郎)

永里選手の目的重視で行動するという考えにはとても大きな発見と学びがありました。目標を立てて逆算し行動するということが当たり前だと思っていましたが、そういった固定観念が自分自身にあったということに気付きました。これからの社会はcovid-19のような予測不可能な災害やデジタル技術の進化などにより不確実性が高まっていくことが予測されます。その中で明確な目標やビジョンを描くということは段々と困難になっていくと思います。そういったときに永里選手のように目的に沿って行動する。まずやってみる。といった行動指針や行動力がとても重要になるのではないでしょうか。

プロフェッショナル

宮下剛

宮下剛

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員/Deloitte Digital Japan Lead/Customer & Marketing組織責任者

CRM組織全般において戦略立案からデジタル変革まで業界横断で手掛ける。近年はCRMおよびデジタルの知見を活用した社会課題解決、NPO支援、スポーツビジネス、元プロスポーツ選手のキャリアチェンジ開発等にも取り組む。早稲田大学大学院非常勤講師。 ...さらに見る

この記事に関するお問い合わせはこちら

デロイト トーマツ グループは、日本におけるデロイト アジア パシフィック リミテッドおよびデロイトネットワークのメンバーであるデロイト トーマツ合同会社ならびにそのグループ法人(有限責任監査法人トーマツ、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社、デロイト トーマツ税理士法人、DT弁護士法人およびデロイト トーマツ コーポレート ソリューション合同会社を含む)の総称です。デロイト トーマツ グループは、日本で最大級のビジネスプロフェッショナルグループのひとつであり、各法人がそれぞれの適用法令に従い、監査・保証業務、リスクアドバイザリー、コンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリー、税務、法務等を提供しています。また、国内約40都市に1万名以上の専門家を擁し、多国籍企業や主要な日本企業をクライアントとしています。詳細はデロイト トーマツ グループWebサイト(www.deloitte.com/jp)をご覧ください。

Deloitte(デロイト)とは、デロイト トウシュ トーマツ リミテッド(“DTTL”)、ならびにそのグローバルネットワーク組織を構成するメンバーファームおよびそれらの関係法人のひとつまたは複数を指します。DTTL(または“Deloitte Global”)ならびに各メンバーファームおよびそれらの関係法人はそれぞれ法的に独立した別個の組織体です。DTTLはクライアントへのサービス提供を行いません。詳細は www.deloitte.com/jp/about をご覧ください。

デロイト アジア パシフィック リミテッドはDTTLのメンバーファームであり、保証有限責任会社です。デロイト アジア パシフィック リミテッドのメンバーおよびそれらの関係法人は、それぞれ法的に独立した別個の組織体であり、アジア パシフィックにおける100を超える都市(オークランド、バンコク、北京、ハノイ、香港、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、メルボルン、大阪、上海、シンガポール、シドニー、台北、東京を含む)にてサービスを提供しています。

Deloitte(デロイト)は、監査・保証業務、コンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリー、リスクアドバイザリー、税務およびこれらに関連する第一級のサービスを全世界で行っています。150を超える国・地域のメンバーファームのネットワークを通じFortune Global 500®の8割の企業に対してサービス提供をしています。“Making an impact that matters”を自らの使命とするデロイトの約286,000名の専門家については、(www.deloitte.com)をご覧ください。